認知症と寄り添うために
見守る目の育て方

認知症と寄り添うために見守る目の育て方

平均寿命が延びている現在、健康な生活を続けていくための取り組みが広がっています。認知症のリハビリテーションがご専門の大沢愛子先生に、一緒に暮らす家族の視点からの認知症との付き合い方についてお話しを伺いました。

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お話を伺った先生

大沢愛子先生
国立研究開発法人
国立長寿医療研究センター
リハビリテーション科医長

2002年和歌山県立医科大学卒業後、川崎医科大学リハビリテーション医学教室、豪州シドニー大学リハビリテーション研究部門、埼玉医科大学国際医療センターを経て2013年より国立研究開発法人国立長寿医療研究センターリハビリテーション科に勤務。同、認知行動科学研究室室長を兼務。現在、認知症に対するリハビリテーションに注力し、なるべく長く健やかに暮らせるよう、認知症の人とそのご家族に対して、支援や生活指導を実施している。第2回ロート女性健康科学研究助成を受賞。

増えている認知症の現状

まずは、認知症の現状を教えてください

大沢愛子先生 認知症の人の数は、現在およそ400万人と言われています。今後さらに増え続け、高齢者の増加とともに2025年には約700万人(※)に達すると予測されています。厚労省から発表されているデータを見ると(図1)、認知症の有病率は70歳以降で急に増加しており、加齢が大きなリスクと考えられます。つまり70歳を超えたら、本人も周りの家族も、意識し始めたい病気といえます。また、アルツハイマー型認知症は女性に多く、血管性認知症は男性に多いなど、認知症のタイプによっても発症率に男女差があります。


※「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業九州大学二宮教授)


(図1)「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」(平成23年度~平成24年度厚生労働科学研究費補助金 総合研究報告書)より作図

どんな症状があらわれるのでしょうか?

大沢愛子先生 同じことを何度も言う、物を失くす、今までできていた家事や用事、外出ができなくなるなど、日常の行動に変化が現れます。先ほど述べたように、アルツハイマー型認知症(AD)、脳血管性認知症(VD)、前頭側頭型認知症(FTD)など、認知症にはいくつかのタイプがあり、一緒に暮らす家族は、生活の変化に気付くことが診断や対策の第一歩になります。早めの対処により、症状の進み方が緩やかになることもあるので、日常の変化にも注目してみましょう。

変化に気付いたら、付き合い方を考える

どのような変化が起きてくるのでしょうか?

大沢愛子先生 認知症、軽度認知障害(MCI:認知症と健常の間にあり、認知症の前段階とも考えられている)、健常者のライフスタイルを調査した私たちの研究から、日常生活の行動でどのような変化が起こっているのか、具体的な特徴がわかってきました(図2)。まず、男性・女性にかかわらず、MCI、認知症になると、活動の頻度が全体的に少なくなっていきます。買い物や旅行など、外へ出る機会も減ってきます。グラフからも分かるように、退職後の男性は健常者でも日々の活動が少ない傾向にあるので、認知症になっても、活動量の変化は比較的少ないことが分かりました。女性は、食事の片付け、洗濯、掃除などの家事を担っている方が多く、活動量の変化が大きいです。つまり、女性では特に、認知機能の低下により普段の家事が難しくなり、行動の範囲が狭くなるという変化が起こりやすいと言えます。


(図2)ライフスタイルの変化

なぜそのような変化が起きてくるのでしょうか?

大沢愛子先生 「認知症」は、「物忘れ」という印象が強いと思いますが、実は、認知機能の低下にもいろいろな種類があります。まず、行動を起こすために重要な「意欲」が低下してきます。さらに、「遂行機能」や「注意機能」など、社会活動や日常生活、人とのコミュニケーションなどにとって大切な脳の機能が低下 し、生活行動に変化が現れてきます。



いろいろな機能が関わっているのですね。 まずは「意欲低下」について詳しく教えてください。

大沢愛子先生 「意欲低下」は、認知症だけでなくMCIの方にも多くみられます。MCIは認知症の前段階の状態とも考えられますが、最近の研究では、専門家が適切に関わることで健常の状態に戻る人が含まれていることがわかり、予防の観点から注目されています。MCIの状態で「何もやりたくない」「つまらない」という意欲低下の症状からくる不活発の状況を放置すると、認知症に移行する確率が増える、または認知症発症の時期が早まると考えられています。認知症の人も同様に、何も活動をさせずに放置すると、家族や社会から孤立したまま認知症が進行することになります。「意欲低下」のサインは、社会生活に気持ちが向かなくなることです。具体的には、これまで楽しみに通っていた習い事を辞めてしまったり、地域の集まりに行かなくなったり、仕事や家事のやる気がなくなったりします。男性は、仕事中心の生活を送っていることが多いので、退職後に目的を見失い、突然やる気がなくなり、外出をしなくなったということもよくあります。老後に備え趣味活動などを予定しておきましょう。

次に、「遂行機能」について教えてください

大沢愛子先生 「遂行機能」とは、ものごとを計画し、順序立てて、正しく実行する機能のことです。これが障害されると、段取りを考えて進めることや、複数のことを同時に実行することが難しくなります。普段何気なく行っている家事でも、実はこの「遂行機能」を使っています。例えば、ご飯と野菜炒めと味噌汁を作る時、「お米洗う⇒お米を炊く」「野菜を切る⇒炒める」「豆腐とワカメを切る⇒鍋に入れる⇒味噌を入れる」というそれぞれの作業を、どの順番にするとスムーズか、自然と考えながら行っています。また、お米を炊くには時間がかかるので、野菜炒めや味噌汁が完成する時間帯から逆算して、炊飯器を作動させなければなりません。このように同時並行で様々なことを処理し、正しく完成させる機能が遂行機能です。しかし、「遂行機能」が低下すると、料理の手順がわからなくなったり、おかずの種類が減ったり、一つ失敗するとそこからうまく修正できないなどの症状がみられます。

「注意機能」とはどういうことですか?


大沢愛子先生 「注意機能」とは、作業に集中したり、周りの人や環境に適切に気を配ったりするための機能です。私たちは起きているときは絶えず「注意機能」を使っています。例えば、話しながら、時間を気にしたり、声の大きさを気にしたり、相手の表情に気を配ったりしています。このように、自分が集中して行っていること以外にも、他のことを常に気にしています。「注意機能」が低下すると、自分自身の作業に集中できなくなり、周囲の状況への配慮に欠け、他の出来事を気にすることができなくなったり、注目すべきでないことに気持ちや行動がそれてしまったりします。相手の動きに合わせてダンスを踊る、相手の出方を予測しながら将棋を指すなど、様々なことに同時に注意をを払うような活動では、認知症の予防効果が報告されています。

家族が意識したい“見守る目”

たくさんの機能があるのですね。誰もが、同じように行動の変化が起きるのですか?

大沢愛子先生 機能の変化には個人差があります。つまり、変化のあらわれ方は、人それぞれということです。低下する機能もあれば、残る機能もあります。残る機能のことを「残存機能」と言います。「残存機能」はその方の得意なことと思ってください。たとえば、料理は好き、掃除がていねい、おしゃれを楽しめる、会話が得意、裁縫は上手、庭仕事が好き、運動は得意、などがあります。家族は、どうしても失敗を心配してしまいがちですが、その人の持っている“できること”に気付き、一緒に楽しむ、褒めるなど、「残存機能」を守る行動を意識してみてください。


できる事に寄り添うことが「見守る目」なのですね。

大沢愛子先生 はい、そう考えています。もちろん、なるべく大きな失敗をしないように助ける必要もあるので、“できなくなっていること”“苦手なこと”を十分に理解することも大切です。ただ、過去の元気な頃の状態と比較して“できなくなったこと”だけに注目していては、本人も家族も辛くなるばかりです。特に、相手を想う気持ちが強すぎると、何か失敗した時に、“代わりにやってあげるから何もしなくていいよ”と行動を制限し活動の可能性を奪ってしまったり、心配で情けなくなって“何でそんなこともできないの”と責めてしまったりすることになります。しかし、自分でやることが減ると、「残存機能」もさらに低下していきます。失敗したということは、本人が何かをしようとして活動した証でもあります。もし家族の気持ちや、時間的に余裕があるようなら、ちょっとした失敗や、時間がかかってしまうことには、目をつぶりましょう。水をこぼした、おつかいを頼んだのに買い忘れたなど、大きな事故につながらない失敗は、まずは、やってくれたことに感謝し、それから誤りを防ぐ対策がないかを考えましょう。

まずは、行動を認めることが重要なのですね。

大沢愛子先生 はい、そうです。やってくれたことの感謝を言葉で伝えてから対策を考えてみるとよいでしょう。具体的には、コップの水をこぼした場合や買うものを忘れた場合、水の量を減らす、ついでに少しだけ床掃除をする、お使いメモを持たせる、メニューそのものを変えるなど、アイデア次第で本人の失敗を大きなダメージにつなげない方法が見つかるかもしれません。「あなたは洗濯物係りだから洗濯物の取り入れはお願いね。いつも綺麗にたたんでくれてありがとう。」「あなたがいると、草むしりをしてくれるからすごく楽だわ。」など、多少の失敗があっても本人に役割を与え、人の役に立っていると伝えることで、残存機能を維持できるとともに、意欲を向上し、精神的にも安定します。このように、ただ見ているだけではなく、なるべく本人の苦痛を取り除き、本人の個性を尊重しながら、一緒に良い方法を考えていくことが「見守る目」につながります。

最後にアドバイスをお願いします。

大沢愛子先生 高齢化が進む中、在宅介護をするご家族も増えてくると思います。 認知症は、物忘れや家事ができない、会話が上手くいかないなどというだけでなく、暴言や徘徊、昼夜逆転など家族の対応だけでは不安な行動も起こることがあります。しかし、普段の生活の中での接し方で、その症状の進行や程度・頻度が変わってくることも多くあり、専門家のアドバイスのもと、在宅生活を継続できる可能性も十分にあります。今回のお話が、認知症の人と家族が、なるべく長く住み慣れた環境で一緒に暮らしていくために、生活の中のちょっとした変化や接し方を考えるヒントになれば良いと思います。また、認知症は、身体機能が低下したり、寝たきりになったりすることで一気に進みます。男性ももちろんですが、特に女性は筋肉量が少なく、骨粗鬆症にもなりやすいので、転倒には十分注意してください。

個性を大事に付き合っていくことが大切と分かりました。こらから、私自身も、祖父母や両親の介護をすることがあるかもしれません。その時は、過去と比較して怒るのではなく、「見守る目」を持って”今“の個性を生かして接したいと思います。先生ありがとうございました。

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この記事のまとめ

  • 認知症をいろんな機能で捉えよう
  • 「残念機能」を見つけよう、できる事を大切に
  • 個性に寄り添う「見守る目」

この研究は、第2回ロート女性健康科学研究助成を受賞しました。より詳しい内容はこちらへ

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